今日、情報処理技術者試験(プロジェクトマネージャー)という国家試験の試験監督をやりました。僕の役職は試験監督員だったのに、私服(着てはいけないとはどこにも書いてなかった)ということで、試験管理員に回されてしまいました。まぁ結果的には試験管理員のほうがよっぽど楽ということが判明したんですが...試験管理員は、単に廊下に座っておけばいいだけです。文庫本も読めますし、疲れた監督員とおしゃべりすることもできます。はっきり言って、管理員の存在の意義が疑問です。これで11000円ももらってしまったので、受験生に申し訳ないです。
あと、試験の運営もひどかったです。試験事務局の会場の鍵が30分もあかず、作業開始が遅れてしまい、教室に試験科目を張ったのが大体開始の15分前。また、指示がかなりあいまいで、かなりの割合でこっちが勝手に物事を進めています。作業の効率も悪く、同じ仕事を何回もやらされました。でも、お金はちゃんとおもらえたので文句はこのぐらいしときます。
こんな試験でも、1000人ぐらい受けに来てました。いったいこのような資格に何の意味があるのでしょう?プロジェクトマネージャーは、実践で学び、それを実践に生かすポジションで、試験でその能力が測られることは到底考えられません。いま、日本にはこのような意味のない資格が多く存在すると思います。なぜこんなにあるのでしょうか?まずは、資格は産業化している。受験費はもちろん、関連の試験対策書、予備校などでたくさんの人が潤っています。つぎに資格はニーズがある。資格は一般的に頑張れば取れるもので、実際の人生よりかなり楽である。資格があると自己満足に浸れるのもあると思う。しかし、今の社会に必要な能力は資格などでは分からない能力だと僕は思う。特に重要なのは、知識ではなく、新しい知識をすばやく吸収する力だと思う。まぁバイトをする僕としては、今後もどんどん資格を増やしてほしいのだが...
2005年10月16日
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―――採用する側が楽だから。
いちいちに一人一人の能力を吟味する必要もなく、ある一定の能力を持った人材を探し出すことが出来るからです。
そんな面白みもなく弊害も多い、しかし作業的であるが為に日本人には受けの良いシステム。
そんな気がします。
勿論それだけという訳でもないのでしょうし、その意義も決して小さなものでもはないのでしょう。
功罪相半ばす、といったところでしょうか。